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おてて
夢の形2022年10月13日 

★10/12 9:15に拍手を下さった方、ありがとうございます!
励みになります・・・!


もう全部来年から読もうと思ってはいるものの、
夢の資料本がものすごい積ん読されている・・・
ときどきちょろっと読んだりするのですが、それだけでも楽しい。

いろいろ本を読んだりしてると、
「夢」っていう一つの現象に、
こんなにもいろんな考え方があるんだなぁと感心する。
自身の理論を整理して、夢とはこういうものだ、って定義づけらる人、すごい。
それと同時に、「夢」に意味・無意味の概念を与える定義の難しさも感じた。

言ってる事が似てるようで、みんな微妙に違う。
ややこしくなってきます。苦笑
自分が納得できるものに出会ったら、
それが自分と合致する考え方、で良いと思うんだけどね。

・・・

夢の種類を分類している書籍ってけっこうあるんだけど、
なんかどれも似てるようでちょっと違ったり、
バラバラで、分類の仕方としてどれが正しいのか一概には判断できない。

よく言われるのは、
レム睡眠時によく見がちな支離滅裂な適当な感じの夢。
これは生理的なものだったり、
寝る直前に考えてる事だったり、
悩み事に引っ張られた夢だったりと、
とにかく神秘的とは程遠いような、混沌とした夢。

これらは「個人的で神秘も何もない」とか、
もっと強く言う書籍だと、
「意味がない・ゴミ」とか言い切ってしまっている。

まぁでもこれには私も大概賛成です。
賛成なんですが、その意味がない・ゴミのような夢も、
楽しんでいいじゃないか、とは思う。
そういう意識の混沌を感じているのも大好きだし、
夢の意味不明な内容は面白い。いいじゃないか。

・・・

あまり健康でない時って、
基本「警告夢」「不安夢」みたいなのが多いと思うけど、
自分はそういう分類がわからない状態で夢分析を知って、実践して効果が出た。

そういう経験を一度してしまうと、
なんかもうこんなに混沌としてて、自由で、個人的なものなのに、
ちっぽけな現実意識で考えた理論で
当てはめようとすること自体が難しいなと思ったのです。
学べば学ぶほど、その思いが強くなる0(:3 )〜 _(‘、3」 ∠ )_

・・・

だからって、夢分析が一番優れてるとも思っていない。
たぶん、霊感とかスピリチュアルな力が強い人・できる人は、
かえって煩わしい手法だと思う。

いろいろ見てると、
できる人は明晰夢を自在に操って上層意識に問いかけができるし、
霊感の類がある人は直接メッセージを受け取れている。
ちょっとうらやましいけど、
これだと夢が神秘の世界のもので
一般の人には取り扱いが難しい、みたいな感じになってしまう。

だから、自分みたいなそういうのよくわかんない人種には、
夢分析くらい、比較的論理的な考え方が必要だとも思う。

私は夢分析や夢占いは、
現実意識で理解するための取っ掛かりだと思ってる。
そして、夢分析と夢占いで取り扱う夢は、
いわゆる「深い意味の無いような夢」が多かったりするのだけど、
取り組むだけで夢に興味を持ち続けられるだけでも、
素晴らしい手法だなと思うのです。

・・・

夢に意味を必ずしも求めなければならないわけでもなく、
私はただ映画を見るように夢の世界を見てるのも大好きです。

夢に逃げる、というのは正直健全ではない気もします。
夢分析に出会うまでは、夢は私にとって別世界の逃げ場として使っていましたし。

「逃げ場」という利用法でネガティブなのですが、
実際それで助けられていたので、それはそれでいいと思うのです。
現実が辛くて、そういうとこでバランス取れるなら、いいじゃないですか。
それだけで夢に意味があるともいえる。
(見たくない人は拷問かもしれんので、意味がない、という意見に助けられるかもしれない。)

最終的には逃げる必要のない現実の環境構築が必要だとは思うのですが、
誰もがそんな自由自在に環境を変えられるわけでもないし・・・
たとえ意味の無い夢だとしても、
夢を見て気分転換、でも良いと思うんだけどねぇ。

・・・

なんかもうごちゃついてきたけど、
「夢に意味・無意味の是非」を考えるとなると、
利用法が広すぎて、ほんと何とも言えないですね。
人それぞれ、好きなように付き合えばいいじゃないかと。

ハイヤーセルフに接する事ができる高度な意識活動もできるけど、
無意識・感情の混沌のままに振り回される、
泥沼のような夢の見方ができるのも、夢の好きなところ。
起きてる時にはできない特殊な意識活動が
誰にでもできるってだけで、夢ってすごいです。

・・・

余談だけど、自分はほんとその「泥沼のような夢」がけっこう好きなんですが、
これは現実意識とそれほど差があるってことの裏返しなのかもしれません。
神経質だったり、理性の制御が強すぎて、
我慢などのストレスをため込む要因が多すぎるのです・・・
(高度な夢の利用ができる人はそこらへん上手いんだろうなって思う・・・)

実際うつ病期間に見てた夢って、
今はそんなに見ないタイプのシナリオが多く、
まさに気持ち悪くて暗くて泥沼、な夢が多かったんですが、
それがすごく心地よかったんですよね。

自分は感情のある「人間・生き物」で、
快不快もちゃんと感じてて、
怒りも悲しみも持っていて、
ちゃんと血が通ってて生死を感じる事ができる・・・
そして、守られたり、誰かに助けを求めて良い。
みたいな、生きる為の基本的な事を、夢で再認識していた感じです。
(うつ病ってまじで自分で自分を人間扱いできなくなっちゃうから)

うつじゃなくなってからは、
なんかもう単純に生理現象の一部として夢を見ているような気がする。
睡眠欲に付随してくるハッピーセットみたいな感じで、
生理現象と同時にエンターテイメントも楽しめるコスパいい趣味になっています。笑

・・・

なんでほんと、夢の利用法は人それぞれでいいんじゃないかな~って思う。
その時々で、誰もが必要な夢の見方をしていると思うよ。
たとえ内容が無意味でも、
それは生理現象なので生き物の機能として必要だよね、と。
忘れたって、夢は許してくれるし、そもそも忘れて良いようにできているのだから。

こういう感じなので、自分の中であえて夢という現象を定義づけるとしたら、
誰でも自由に必要な利用ができる面白現象だよ、みたいな感じになります。
ふわっとゆるっと夢と付き合おうぜー(´ω`)