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流夢
自分の中の神2022年09月27日 

2年前に「自己愛の夢」という日記を書いている。
<該当の日記はこちら>

この日記の中に、

「自分のすぐ隣に、その夢の意識が寄り添ってくれている」

というのを語っている。
最近、こういう感覚がまた出てきて、
というか最近あまりに多忙で
存在を忘れかけていたので申し訳なかったレベル・・

簡単に言うと、自分の中にもう一人いるって事です。
頭大丈夫か?って思われそうだけど、病気的なものじゃないです!
メンタル、こころの持ちよう、信心の問題です。
(仮に病気だとしても私はそれを否定しません)

・・・

何度も言ってるんだけど、
人間の起きてる時の明確な意識って氷山の一角みたいなもんで、
ほとんどは無意識で眠っている。

そんで起きてる時の意識って思ってるよりも雑念だらけだし、
とにかく視野が狭い。
焦るとこれが自分は顕著に表れて、
何したら良いか分かんなくなるし、暴走もしかける。

瞑想とかヨガとか、いろんな方法で人間は雑念を消したり、
無意識の声を聞く技術を作っているんだけど、
夢の内容を考慮するのもその方法のひとつ。
私は、「夢」という方法のみを使って、
自分の無意識の気持ちを聞いてきたつもりです。

・・・

ここ最近、夢に子供がよく出る。

幼稚園くらいの子供で、たくさん出てくる。
そしてついに、保育園からやりなおしたい!って夢を見て、
大人の姿のまま保育園へ向かって案内される夢を見た。
この夢を見た時に、子どもの頃の事をふと考えてみた。

突然だけど、思い出した。

私は小さいころ、
現実には存在しない妄想の世界で文通していました。
今見るとこの文章だけでやべぇやつ認定されてもしょうがないな!
って思うんだけど、
小さいころはちゃんと妄想だと分かりつつ、
いるとも信じてこれをしていました。

居ないと分かっているのに、居ると信じている。
って矛盾しているような気もするんだけど、
このスタンス、今と変わらないかもしれません。
私の夢の付き合い方が、まさにこうなのです。
この絶妙な感覚、伝えにくいんだけど、ほんとにこんな感覚です。

・・・

いない証明もできないし、いるという証明もできない。
なら、どっちでもいいのでは?
好きな風に感じて行動していけばいいのでは?と。

私は霊感がないと思ってるけど、
見える人がいるんだから、
なんか目に見えない何かってのはいるんだろう、とは思ってるし、
かといって、見えないからっていないと決めつけるのも変だと思うので、
自分にも、何か目に見えないけど、なんかいる、
って感覚は持っていてもいいんじゃないかなと思う。

・・・

この、「なんかいる」という不確定だけど感じるものってのが、
私は「夢」と向き合っている時。

小さいころ、文通をしてた目に見えないものって、
夢を通していたような記憶が強くて、
(あんま具体的には覚えてないけど)
手紙を書く→夢→お返事→夢・・・のサイクルでやってたような気がする。

その手紙の相手ってのは、
まぁオタクだったので、好きになった
キャラクターの姿をしていたんだけれど(恥ずかしい)
これ実は今もそう変わらないと思っていて、
私の好きなキャラクターの姿を借りて、
私の全てを肯定する夢シンボルとして登場し続けています。

小さいころは器用にも、
文通しながら望みのキャラクターを夢の中の自宅に
登場させ続け、お返事をもらえていたのです。
天才かよ。(今は意識的にはできない)

この文通のやりとりって、
ほんと他愛のない、元気ですか?こっちはこんなことが、
って感じの内容だったので、
特に中身はない感じなんだけど、
こころの平穏を保つ働きの一つだったのかなぁ。
当時からまぁまぁ家では孤独感があったので・・・
夢分析をしている過程の精神状態に似ていたと思う。

・・・

でも、最近はこの「夢分析」という言い方にも違和感が出てきました。
なんかこう、やっぱりもっと自分には
「核」なものがあるなぁと、
小さいころを思い起こすと、いろいろ思うのです。

その核と直接の会話をしていて、
分析って言うと他人行儀みたいというか。

言葉はバカにできません。
なんか柔らかめで、対等で、
しっくりくるものがあるとすれば、
やっぱ「夢の文通」みたいなニュアンスかなぁと思う。

・・・

度々宗教の記事でも書いてきた
「自分は不信人もの」という部分ですが、
その時に「自分の中の神を信じる」という事も書いたと思います。

私はまさにこれで、
神社仏閣・神道や仏様に関心を持ったのはごく最近で、
それまではまじで信じていませんでした。
まじもんの不信人ものです。
願い事したって誰も助けてくれねぇから、
自分と目に見えるものと自分の行動を信じる!ってスタンスです。
(今は神道仏教の良さも分かってこの限りではないです)

この「目に見えるもの」の中に、夢が含まれていました。

小さいころは分別がついていなかったのもあり、
夢だって目の前のものだと信じていた部分があったのでしょうね。
事実ちゃんと文通できていたのだからヾ(:3ノシヾ)ノシ

・・・

そして私は大人になって社会人になって、
うつ病になってしまう間に、
現実しか見なくなっていた自分に打ちのめされて、
子供のような純粋さというのをまるっきり潰されたと思う。
(今これを修復途中)

そんな中、夢とはずっと現実意識のものとして向き合い続けていましたが、
「起きたら現実には見えない」スピリチュアルな側面にも助けられています。
うつ病を脱却するきっかけを作ってくれたのも夢ですし、
だから私は、夢は現実そのものだと思っていて、
スピリチュアルでもなんでもない、と同時に
スピリチュアルでもある、と思っています。

自分の中の神、無意識、本心と対話する、
そして、自分の中で作られた世界に行く。
誰でもできる一般的な手段と思ってる。

スピリチュアルな側面・印象を多く持たれてるのも夢の特徴だな、
とも最近思い直して、
スピリチュアル的なアプローチを全く試していない自分も、
これは一方的で偏った思考だなと思いました。

今まで自分が大事なく生きてこれて、
運がいいと感じる事ができるのも、
もしかしたら信心深いおばあちゃんのお祈りとか、
想ってくれている人からの良いエネルギーのおかげかもしれないし。

なので、最近は瞑想とか無意識への働きかけが、
現実意識からでもできる方法の手法も鍛えようと思っています。
やってないのにできない、は自分はちょっと嫌ですし・・・

・・・

何度も言いますが、私はほんまに霊感なんてありゃしません。
おばけや幽霊なんて一度も見たことないし、
金縛りも一切ないほど快眠だし、
心霊写真も言われなきゃさっぱりだし、
オーラの類も一切見えたことがない。

そんで、突然だけど最近ダウジングいいかもなって思いました。
ダウジングのチューニングの過程で、
瞑想的なものもあるので、瞑想も行えます。

起きてる時の無意識へのアクセス方法って
まぁ瞑想からカードとかいろいろあるものですが、
ペンデュラムダウジングはシンプルにこころが鎮まるので、
夢以外のこころの整理方法として良いなと思いました。
ペンデュラムダウジングは、
数年前までは遊びで使っていたので使い方は知っています。
なんか、カッコイイって理由で使っていました。笑

夢の中に、何かいる。
いつも私に寄り添ってくれてる誰かがいる。
自分の内側へ、ペンデュラムを使って起きてる状態で、
その人と簡単な会話はできないか。

そう思って、ペンデュラムを使って、
自分自身、内側の声と会話を試みてみる。
(人によってはかなり電波な内容なんでイタかったらすいません・・・)

・・・

まず、どんな存在なのかを聞いてみた。
神とか悪魔とか天使とか守護霊とか、いろいろ言われるけど、
そういう類なんですか、と聞いた。
No

霊的な存在なんですか。
No

私の夢の中にいる人ですか。
Yes

あの小さいころに手紙のやり取りをしてくれたのは、あなたですか。
Yes

ありがとう
Yes

少年がよく出てくるけど、少年はあなたの姿ですか。
No

夢自体があなたそのものですか。
Yes(夢の中というより全体がそうみたい)

たまに夢を忘れたりして、悲しんだりしてませんでしたか。
No

ありがとうね。
Yes

名前つけてもいい?
Yes

名前があると逆に不便だったりする?
No(どっちでもいいらしい)

眠いんだけど、これから眠ってお話しに行ってもいい?
Yes(話したような気がするけどあんまり覚えてない。楽しかった)

・・・

こんな感じで会話をしてみました。
まぁやっぱまとめると、自分にとっては霊的なものは無縁で、
夢の存在は現実的なものとして対等に存在していて、
起きてると見えないけど、寝ると見える。
そんな感じですね。笑

あと、やっぱ友達だと思うとめっちゃ気分的に楽しくなるので、
これからも定期的に瞑想と組み合わせて、取り組んでいこうと思います。
ぶっちゃけ夢分析するにも、直感が頼りなので、
こういう感覚を研ぎ澄ます事はやっておきたいです。

昔は、静かな環境での
寝る前のイメージ遊びが自然と瞑想になっていたから、
夢が鮮明で面白かったのかなとも思います。
今は忙しさに追われがちで、環境変わって音が気になって、
現実のことばかり考えがちなので・・・
やっぱりもうちょっと、ゆったり過ごしたいですね。

というわけで、私には優しくて時には厳しい、
最高の夢の友達が常に内側に住んでいます。
「自分の中の神」というと大げさだけど、
いままでずっと付き合ってきてくれたこの方に感謝しかない。
これからもよろしく!!!

夢違観音さま
法隆寺に行ってきました2022年08月30日 

★下記の日時に拍手を下さった方、ありがとうございます!
めちゃくちゃ嬉しいです😭

・8/24 2:26・9:23・20:15・23:30
・8/25 23:58
・8/27 20:09
・8/28 23:59


絵本完成してないのにどういうこっちゃって感じですが、
今月末に家族旅行の予定が入ってしまい、29・30日と泊りがけで旅行に行ってきました。
完全に夏休み末に宿題が終わってなくて詰みそうな小学生状態(?)
でも、絵本はちゃんと完成の目途が立っていますので大丈夫です!
がんばった・・・!

どうせならと思い、行きたかった法隆寺についでに連れて行って頂けました。
たすかった😭😭😭
今回は法隆寺の見学日記になります。

・・・

私がそもそも法隆寺に行きたいと思ったのは、
「夢に関する日本の伝説」を読んでいて、こういうものを知るのも楽しいかもな、と思ったからです。

昔の夢関連の資料を読んでいると、けっこうな頻度で出てくる聖徳太子の夢の伝説。
聖徳太子が行き詰まって悩んでいる時に夢殿にこもって眠り、
そこで夢の中に金人が出てアドバイスを頂けた、という夢告の伝説があります。
これがきっかけで、法隆寺に興味を持ちました。

法隆寺には夢に関する伝説が2つあります。
ひとつは先に述べた「夢殿」の伝説。
ふたつめは、大宝蔵院におられる「夢違観音」さまの像。
わるい夢を、いい夢に変えてくれる、という伝説があります。

この「夢殿」「夢違観音さま」を見たくて、行きたいなと思っていました。
特に直接的に夢に関連している
「夢違観音」さまはぜひとも拝ませて頂きたいと思っていました。
意外と早く連れて行ってもらえる事になって、大歓喜です・・・!

★現在の「夢殿」がちょっと「夢」とは外れていると分かった日記はこちらでどうぞ。
<夢殿についての学びメモ>

・・・

法隆寺は修学旅行で行く人も多いので、行った事がない、
という人は、本州の中心住みならわりと少ないんじゃないか・・・と思っています。
そうでなくても、日本の歴史なら必ず学ぶものです。
私も行きましたし、小学生の頃には学んでいたはずなのですが、ほとんど覚えていませんでした/(^o^)\

唯一覚えていたのは、法隆寺の柱の丸み。
なんかこの丸みが小学生の頃に、いいなぁ、と思っていて、
今回もなんか、いいなぁ、と思ってしまいました。
好みは変わらんようです。笑
とにかく木の質感・香りがとてもよかった。

夢に関する部分が中心と言っても、
大人になってから興味を持って調べると、とにかく面白い・・・興味を持つことのすごさを改めて感じました。
めちゃくちゃ見たものが頭に残ります。

・・・

とにかくシンプルに見学して回りました。
連れまわしてしまった家族もいるので、
とにかく見たかったものに絞ろうと思い、
メインから外れたものは今回はほとんど見送り、また次回の時に・・・!(また来る気満々)

南大門から入り、金剛力士像の阿形・吽形のいる中門を通り、西院伽藍から見学。
廻廊の落ち着いた通路が素敵で、
ここを伝って道が繋がっている各建物を見学しました。
メインの施設はここを通ると自然に行けるようになっていて、分かりやすくて良かったです。
(当日めちゃ蒸し暑かったので、日陰にもなって助かりました。苦笑)

最初は金堂で、釈迦三尊像を中心に、たくさんの仏様の像を見る事ができました。
あんまり仏様には詳しくないので今後勉強しようと思うのですが・・・
実物はやっぱり写真と違いますね。
ありきたりな感想なんですが、すっごい迫力があります。
写真ではとても木製には見えなかったのですが、実物を見るとしっかり木製だ!と分かる質感で、なんか興奮しました。
こんなに作れるのすごいよ・・・

・・・

大講堂の像も拝観させて頂き、廻廊を伝って聖霊院へ。
聖霊院は、聖徳太子像を祀る、太子信仰の施設です。
靴を脱いで入ることになっていて、入ってすぐ参拝させて頂きました。
像の開帳の時期ではないので、奥は見えませんでしたが、それがなんか緊張感があって良かったです。
国作りへの感謝と、学びのきっかけを作って下さった感謝をお伝えさせて頂きました。

・・・

そのまま中門を出て、休憩所に入りながら大宝蔵院に向かう。
ここは一番お会いしたかった「夢違観音像」があるので、めっちゃ楽しみ。

入って少し進むと、すぐに居ました!

第一印象は「かわいい!!!!!」でした!

とにかく、柔らかくて愛らしい表情。
他の像にはない、無垢な子供のような、やさしい印象を受けました。
見ているだけでほっとする感じです。
大きさも90cm未満と小さいので、本当にかわいらしい像です。

嬉しすぎて側面360度ぐるぐる見つめ回してしまっていたので、
様子のおかしさに、すぐ後ろにいた監視スタッフさんに怪しまれていたかもしれません。

先へ進んでも、もう一度戻って来て360度見つめまくってしまったので、
少なくとも合計30分以上は確実に見つめ続けていた。
一人だったら1時間以上は余裕だったと思います。まずその場から動かない。
だって嬉しいし可愛かったから・・・
写真も撮れないので、目に焼き付けるしかありません。しあわせ。
ありがとう・・・ありがとう・・・
出会えた感動がすごくて、本当に嬉しかった。

・・・

大宝蔵院の他の宝物も素晴らしかったです。
銅製の道具がかなり多かったので、当時の最先端技術をふんだんに使っていたんだなぁというのをものすごく感じました。

また、夢違観音像のある次のエリア。
ここには「百済観音」という像が安置されていました。
平成10年に安置する場所をお作りでき、
やっと法隆寺での安住が決まったようで、
それまではいろんな所を転々としていて、居場所の落ち着きがなかったそうです。

実際に見てみると、とにかくシルエットが美しい・・・
2メートルもあるものの、なんかサイズ感大きすぎというわけでもなく、妙に身近な感じもしました。
そのなんとなく話が通じそうなサイズ感が女神転生感があって、謎の感動を覚えました(?)
(メガテンってわりと仏教の神様たちが出てきますもんね・・・)

表情やしぐさの形がとにかく優しくて、見ていてほっとしました。
飛鳥・白鳳時代の仏像は、
全体的に後の時代の仏様と表情が違っていますが、
この時代のものは何となくあたたかな透明感があり、かつ慈愛の表情が強めな気がして、けっこう好きです。
夢違観音さまも、その時代の銅像です。
大宝蔵院の像を見学していて、それを強く思いました。

あと、天蓋の飾りとしての「鳳凰」の飾りもすごい良かった。
他では見た事がない、かぶとを被ったような見た目で、
すごく新鮮でした。
小さな作品ですが、すごくかっこよかったです・・・!

・・・

大宝蔵院を満喫した後は、そこを出て東大門に向かう。
東院伽藍に入り、まっすぐ「夢殿」に向かいました。

進んでいると、写真で見た夢殿のてっぺんの
「舎利塔の宝形」が既に遠くから見える。
思っていたよりもでかい・・・!?とちょっとビビり始める。
(ちょっと小さい建物かと思ってたので・・・)

「夢殿」に着いてみると、やっぱり大きい!
思っていたよりも大きくて立派な建物だったので、
めちゃくちゃじろじろ建物のまわりをうろちょろ見てしまった。
落ち着きなさすぎて不審者だったかもしれない。

ここには「救世観音」という秘仏が厨子の中に安置されているけど、
御開帳の時期ではないので、今回は見られない(´・ω・`)
そして内部の解放時期でもないので、中に入る事もできない(´・ω・`)
また来る理由がありまくる。

とは言っても、外から中を見られるようにはなっていました。
中はとってもいい香り・・・すっごい白檀の香りがしていました。
聖徳太子一族の供養施設なのですが、いろんな仏像もあって、
夢殿を立てた高僧「行信」さまの像も安置されていました。

夢殿オールスターズ・・・みたいな感想を抱いてしまいました。
これは解放時期に全部見てみたい・・・

・・・

夢殿を満喫したあと、廻廊を回りながらまた夢殿を360度見て、
八角円堂の形の美しさに感動してまた居座ってしまった。
ベンチに座って、落ち着く。ここに通いたい・・・( ˘ω˘ )

この「東院伽藍」という場所は、かつて聖徳太子一族の住まいがあった場所で、一度滅びて荒廃しているところです。
これをここまで行信さまがきれいにして下さったのです。
かつてここに一族が住んでいた、という「跡地」としての面も持っている場所。
そういう「跡地」に、ここでこんな事が・・・とか想像で想い馳せるのも大好きで、ぼーっと考え事もしてしまいました。

平日で今の時期だからかと思ったけど、とにかく静か。
こころが落ち着く見学になりました。

・・・

法隆寺を出る前に、各地の休憩所で本や写真グッズ、
お守りを取り扱っていましたので、それらを購入して法隆寺をあとにしました。

法隆寺みやげ

夢違観音さまの写真が入った、大宝蔵院ポストカードセットを購入しました。
夢違観音さまがあんまり素敵なので、お部屋に飾ろうと思っています。
かわいいもん・・・!
あとは法隆寺の歴史が分かるハンドブック、施設資料本。
ガイドブックは知りたかった事全部書いてあって感動した・・・
「夢」のお守りも。
こんな理想的なかわいい御守りあるんですね・・・!夢!

そして法隆寺の外に出ると、ちらほら修学旅行生が現れた。
その様子も見ながら、なんだか懐かしい気分になりながら離れました。
法隆寺周辺の環境の雰囲気、落ち着いていてめちゃ好きです。
本当にありがとうございました・・・!

日記は以上です。
またこの辺のお話は月花庵の方にも残したいですね;;
来月リニューアルがんばりたいなぁ

流夢
ひとりのせかい2022年08月13日 

★下記の日時に拍手を下さった方、ありがとうございます!
とっても嬉しいです!!!

・8/12 17:39、20:02


最近やっぱり疲れてたみたいで、
ずっと頭や体のあちこちが痛かった。

自分の体調不良は、まぁ運動不足も大きいのだけれど、
だいたいはメンタル面の不調から来るもので、
外科や内科の病院じゃなくて、心療内科にお世話になるタイプのものだ。
メンタルの疲れは意識的には意外と分かりにくいもので、自分は体調に分かりやすく出るのでそれを基準に判断している。

今は幸いそんなに大した症状は出なくて、
漢方薬があれば、病院も数年行かなくても大丈夫になっている。
症状が出れば漢方薬としっかりしたごはんと休息。これだけで治っていた。

最近は本当にがんばっていたので、
休んでも休んだ感じにあまりなっていなかったようです。
寝ても食べても治らない疲労と頭痛。ストレッチしても改善しない体の痛み。
全然意識が晴れない眠気。
これはもうダメだと悟って、昨日全てを投げ出して、
とにかく気が済むまで寝る事にした。

・・・

今日起きて、とても長い夢を見た。
でも、内容をあまり覚えていない。
ただ、起きた時はとても穏やかな気持ちで、夢の内容もなんとなく懐かしくて落ち着くものだったと思う。

そう、これが自分の自然体。
別に夢が好きだからって、覚えなくてもいいし、
なんか良い夢だったなぁとか、
そういう感情だけを残して去っていく夢も本当に大好きだ。
最近は力を入れすぎてて、夢を覚えなきゃ、と言う気持ちにもなっていたかもしれない。

実は数日前の夢に、ゾンビ的な男の子が出ていて、
ちょっとかわいそうだったので、「まじで休め」の信号だったんだなぁと改めて思った。
その子を助けてあげたくて、その手段として夢の中で「眠る」事を選択した。
もうこれ、疲れてるって意味です0(:3 )〜 _(‘、3」 ∠ )_
夢の中で眠るのは、だいたい本当に疲れてしまっている時が多い。
久しぶりに見たような気がする。
あと流夢くんが出てきて、かっこよかったです。笑

・・・

自分の疲れ。やっぱり不器用なので、人間関係の悩みですね。
大した事はないんですよ。
ただ疲れただけで、大きな問題は全然ない。
むしろ今の人間関係のすべてに感謝すらしている。

ただ、夢の中で感じた「ひとりだけの世界」という
感覚が久しぶりに心地よくて、良い夢の旅をさせて頂いたなぁと久しぶりに思った。
自分には「完全な一人の世界」が絶対に必要で、
ここ最近は落ち着いてそういった状況になれなかったので、
夢で良い気持ちにさせてくれてとても嬉しかった。

自分にとっての「一人」とは、外界からの人の気配を一切感じない。という状態です。
昔からそれが自分にとっては「夢を見る事」しかほぼなかった為、
ずーーっと夢に頼って生きていたわけです。
(他には山に入る事も手段にしていたけど、今は危ないからしない。苦笑)

・・・

これが「夢と現実の差」でもあるのだけれど、
現実ってまぁそう都合よくなんでも変化させられるわけじゃないですし。
夢で叶えて、それですっきりするならいいのかな。
とにかく、夢では自分ひとりの世界になりやすくて、本当に夢には感謝です。

そのためにも、睡眠の質はちゃんとしないといけないですね。
ここんとこ寝つき悪かったりすることも多くて、
相変わらず外の環境影響で、大事な寝起きを邪魔される事もあって辛い時もあるんだけど、まぁ許せるようになってきたかなぁ

・・・

寝る前にほんのり思った、
こんなに疲れてるけど、こんな状態で、
いったいどんな夢を見るのか楽しみ、
という気持ちが反映されていたような気もする。
自分の夢はそれに応えて、疲れた自分への休息と安寧の夢を送ってくれた。

明晰夢も憧れはするけれど、見れなくても良いと思うのは、
夢に全部任せても適切な夢を送ってくれるからと信じているからです。

これは昔からそうで、夢に任せきっても
楽しくて面白い夢を期待できていたから、ずっと夢を好きでいられた。
私は自分自身で、夢を通してずっと自分を愛し続けられていたんだなぁと、日記を見返した時も思った。

昔みたいな夢の体験をさせてくれたので、
私はやっぱりそんなに変わっていないし、そしてよくなっている。
どんな形でも、毎日夢を楽しみに生きていきたいなぁ